【不合格体験記】最後まで「他人事」
◆中学受験の窓口 今日のメニュー
・4年で400万円、何も変わらず
・吹っ切れないお母さん
・自分の勉強に「無関心」「他人事」
・モチベーションが受験勉強を支える
・「志望校への思い」が“最後のひと押し”になる

★4年で400万円、何も変わらず
大手進学塾に個別指導、最後は家庭教師…4年間で投入した金額は約400万円。けれど偏差値は入塾した際に受けたテストの43から行ったり来たりしながら平均は最初と同じ43のまま。一度“瞬間最大風速”55をマークしたのを心のよりどころに進んできたヤマトくんの中学受験。「この子はやればできる」と信じるお母さんは、4校に出願しました。
結果は偏差値43の相応校と41の安全校に合格。お母さんが熱望していた、偏差値55と49の2校は不合格。絵に描いたように模擬試験通りの結果でした。

★吹っ切れないお母さん
同じ時期に入塾した友達は第1志望に合格したり、後から入塾した小学校の同じクラスの子も第2志望の大学附属へと進学が決定したと聞くと、比較してはならないと思いつつ「あれだけお金も手間もかけたのに…」とお母さんはやるせない気持ちからなかなか吹っ切れません。
進学先の入学者説明会に出席しても、お母さんの心は晴れません。学校側の説明を聞きながら「あんなに勉強したのに、なぜ成績が上がらなかったのだろう?どうして合格できなかったのだろう?」という、答えが出ない問いかけが頭の中をぐるぐる回るだけ。塾の言う通り宿題に取り組み、家庭教師の先生には弱点補強を頼み、ヤマトくんも「わかった」と毎回言っていた。それなのになぜ…。さまざまな場面がフラッシュバックするうちに「もしかしたら」とお母さんは血の気が引いていく感覚に襲われました。

★自分の勉強に「無関心」「他人事」
「ヤマトは何も学んでいなかったのでは…手間も時間もお金もかけたのに、肝心の自分から進んで勉強をやるという姿勢に最後までならなかったのではないか」。
そういえば思い当たるシーンが次々と頭の中をよぎります。ヤマトくんは穏やかな性格の子で、感情の起伏もあまりない子です。勉強も“嫌がらず”“まじめに”取り組んでいたように“見えました”。しかし、成績が上向いて喜ぶこともなければ、できない問題があって点数が悪くても悔しがることもありませんでした。そう、今思えば勉強に対して「無関心」だったのです。
できてもできなくても「他人事」。「こんなことやりたくない!」と反抗もしない代わりに、張り切ってやっているシーンは一度もなかった。まじめにやっていれば、きっといい結果になると信じたかったお母さんは、受験が終わってようやく親ばかりが一生懸命になって「子どもの受検への姿勢」という一番肝心なところに注意が行っていなかったことに気が付きました。

★モチベーションが受験勉強を支える
中学受験はまだまだ精神的に未熟な子どもたちの受験です。「なぜ、こんな勉強をしなければならないのか」ということをよく分からずに通塾し、何時間も机の前に座っている子がとても多いです。大人が考えても漠然としがちな「目標」なんて、そう簡単に子どもが見つけられるものではありません。
その中で第1志望に合格する子は十人十色ながら、それぞれ受験勉強の支柱となったモチベーションがあります。「あの中学校の運動会がやりたい」「高校も大学受験もしなくていい附属校に入って部活を目いっぱいやりたい」「文化祭が楽しそう。絶対参加したい」「勉強が面白い。一番てっぺんを制覇してやる」「あの制服が着たい」――。何でもいいのですが、要は何のために中学受験をするのかが、はっきりしている子ほど受験勉強に真剣になります。
子どもは文化祭へ行ったり、学校説明会での先輩とのふれあい、体験授業などを経て子どもも決意を固めます。フラフラしているようでも最終盤になると目の色が変わって、別人のようにやるのは、思いの強弱はあれモチベーションがあるからです。「行くとこなかったらどうするの」と脅しても、現実感が乏しい子どもにはピンときません。

★「志望校への思い」が“最後のひと押し”になる
さまざまなアンケートを見ると中学受験は「子どもがしたいと言ったから」という理由が最多で、「親の考えで」というのは少数派です。しかし実際は親の意向がかなり強く働いています。誰でも「わが子のために」と思ってその道に誘導するのですが、一方で「子どもの意思」が“お留守”になることが多々あります。
逆に言えば、子どもの志望校への思いが強く、どうしても行きたいと願うのならどこの塾へ行こうが、多少苦手科目があろうが、何とか転がり込んでしまうのも受験の側面です。「意志あるところに道は通じる」といいますが、まさにその通りです。「志望校への思い」だけではどうにもなりませんが、「志望校への思い」が志望校合格の“最後のひと押し”になるのもまた事実です。(受験デザイナー・池ノ内潤)