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東大合格「1人」の私立中学と生徒がした勉強


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・東大合格1人の高校が3分の1
勝負は6年後 偏差値40台の中学へ
中学受験失敗が東大につながった
・「突然変異」型 の下剋上

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東大合格1人の高校が3分の1

22年度入試で東京大学に合格者を輩出した高校は、全国で366校。全国の高校(全日制、定時制、通信制)のうち、6.5%にあたります。

41年連続合格者数1位の開成(東京都荒川区)の193人を筆頭に、2人以上の複数合格者を出したのはそのうちの約66%の243校で、残り3分の1が合格者1人の高校です。

首都圏の中高一貫校で「1人合格」の高校は29校。中には中村、淑徳巣鴨(いずれも東京)のように、「創立以来初」という快挙を達成した学校も存在します。

東大合格者を毎年出している学校では、その学校なりの「合格への道筋」が代々先輩から受け継がれ、それに個々のやり方がミックスされ、合格に至ります。しかし、「1人合格」の場合には、それぞれ「独自ルート」をたどっての合格、というストーリーがあって興味深いものがあります。

勝負は6年後 偏差値40台の中学へ

中学受験では「少しでも高い偏差値の学校へ」と本音の部分では思っている親御さんは少なくないです。半面、本当の勝負は6年後、つまり「大学進学時にどうなっているか」に焦点を絞っている親御さんも少数ですがいます。

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中学受験は無理せず「入れるところ」で自分のペースで進みつつ、学校側のバックアップも得て、東大理科I類に現役合格した男子は、偏差値40台前半の中学出身でした。

入学時から「ぶっちぎり」の出来で、学年1位は当たり前。中学受験に全精力を傾けない代わりに、中高での学習の肝になる英語を小学校のうちから取り組み、入学時は英検3級手前くらいの実力者でした。他の科目も中学受験時に偏差値60前後あり、自分で勉強が進められる力がありました。

学校側も「金の卵」は大切にします。「東大合格」は、生徒募集の一番効果がある「宣伝材料」です。学校挙げてのバックアップします。1次の「共通テスト」対策は自分で進めつつ、2次試験対策用に各教科の先生と二人三脚で取り組み、塾・予備校いらずでした。

学校側は外部の模試などを積極的に受けさせ、「立ち位置」の確認は常にしていました。ここでの成績、順位を意識させることで、他の生徒に「染まる」ことを避け、また「うちの学校でもやれば勝負になる」というアピールを他の生徒にするのも学校の狙いでした。

これだけできる生徒が難関校に進まず、この中学校に入学した理由は「家から一番近い私立」だったというものでした。毎日往復2時間以上も電車に揺られる時間と疲労度を考えると、「自転車で10分」の通学は魅力的。部活動で帰宅が遅くなっても、大きな支障はありませんでした。「時間のなさと疲労度」という勉強最大の敵を最初からつくらなかったのは、受験勉強をするうえでかなりのアドバンテージになりました。

私立中高一貫校、特に中堅・一般校では「デキる子」は「強化指定選手」扱いで、特別待遇です。その子なりのカリキュラムがあり、先生も手厚く面倒をみます。強化指定選手を東大に合格させれば、学校の評判は良くなり、話題に上り、志願者数は増える傾向にあります。親御さんは、そのあたりも「読んで」の学校をしました。

中学受験失敗が東大につながった

東大には受験だけでなく、「学校推薦型選抜」(旧推薦入試)というコースもあります。高校時代に学術・文化で秀でた活動実績があったり、発表した論文、留学経験などを東大側に書類でアピール。これを通過し面接を受け、最後に学力をはかる「大学入学共通テスト」を受験し、合否が決まります。

この推薦型を利用し、東大に合格した女子は、目指していた中学の入試に失敗。2月入試の終盤に試験があった学校を受験、正直なところ「仕方なく」入学しました。

勉強にも身が入らなかったものの、中学受験の「貯金」で成績は上位。ただ、何か物足りなさを感じていました。そんな時、英語圏への留学に興味を持ち、1年間学校に籍を置いたまま、外国へ行くことを決めました。

しかし、コロナ禍によって外国へは行けず、留学する予定だった学校の授業をオンラインで受講。課題もインターネットを通じて提出し、1年間の課程を終えました。

この「留学」経験を東大受験に生かせることを知った女子は、東大進学を目指し、共通テストの勉強とともに自身の留学経験をどうプレゼンし、学んだことを論文にしました。一連の作業には通っていた一貫校の先生方が全面協力。何度も書き直し、修正して、論文を練り直しました。

最初の書類選考に通り、面接も学校での「想定問答」の繰り返しが奏功しクリア。共通テスト対策も学校バックアップを得て乗り切り、晴れて合格しました。

「災い転じて福となす」。中学受験の失敗は、切り替えることによって、縁のあった学校に進んで方向転換することで、流れを変えることができます。加えて中高一貫校だったことも幸いしました。「前を向く」子に一貫校は、さまざまなバックアップをしてくれます

「突然変異」型 の下剋上

前例の女子とは趣が違う「突然変異」型もいます。いわゆる「勉強に目覚めた」という子です。中学受験参入の時期が小6からと遅く、中学は「入れる」偏差値45の学校でしたが、勉強をしているうちに「面白さ」を感じるようになりました。

中学では授業を真剣に聞き、小テストや定期テストでも満点、高得点を取り続けました。しかし、徐々に学校の勉強では物足りなさを感じ、東大を狙える塾に軸足をシフト。学校の試験や提出物は「赤点にならない程度」にし、もっぱら「東大合格」を目的にした、独自のスケジュール、スタイルでの勉強に徹しました。

学校の授業中は、塾の授業の予習、復習にあてる「内職」をし、学校が終われば、塾の自習室へ。懸命に勉強している他校の生徒を息づかい感じながら「刺激を受けるため」でした。

自分で道を切り開いていった、という点では、この男子はたくましいです。私立中高一貫校では珍しいタイプかもしれません。学校に背を向けるわけですから、誰でもできるわけではなく、踏み切る「勇気」も必要です。しかし、これくらい徹しないと、偏差値が50より低い一貫校からの「受験下剋上」は成しえません

それぞれケースは違いますが、「東大1人合格」には、「自分なりの6年間を主体的に過ごしてきた」という共通点があります。東大ではないにせよ、自分の進みたい大学があるなら「自分で前に出ないと」です。偏差値の高い中高一貫校へ進んだからといって、それだけでは「勝ち組」になりません。


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池ノ内 潤

 「その子基準」で、勉強法、成績アップ、スケジュール立案、受験校・併願校選びなど、受験のあらゆる相談に乗る「受験デザイナー」。  昭和四十年代の夏、神奈川県生まれ。教師を志し、偏差値40程度の県立高校から独自の勉強法を駆使し、同校で初めて早稲田大学に合格。  進学塾講師、家庭教師で中学~大学受験に関わる。就職後もスポーツや執筆活動を通じ、教育や受験に携わる。    子ども2人の中学受験をサポート。1人は大手進学塾最下位クラスから転塾を経て、首都圏1都3県の偏差値トップ私立全てに合格し、第1志望に進学。  もう1人は偏差値30台から「親塾」でベースを固め、6年から入塾。3校に合格して大学付属中学へ進学した。

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